山田邦子 乳がん 治療法 現在の容態

山田邦子の乳がん闘病記、選択した治療法と現在の容態は?

 

1980年代後半から90年代にかけて、司会業、ドラマ、講演、執筆等の分野にてマルチタレントとして活躍し、当時はテレビで見かけない日はなかった程の人気ぶりを発揮していた山田邦子さん。

 

自身の名前が付く冠番組を多数持ち、平成元年から8年までの8年連続で、NHK“好きなタレント”調査では第1位を記録した国民的なトップタレントとして知られていました。
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山田邦子さんの乳がんが分かったきっかけとは?

そんな山田邦子さんは、人気に陰りが見えてからしばらく経った2007年、テレビ朝日系列の人気番組である「最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学」の出演後に、番組内で紹介されたとされる、家庭で確認できる乳がんの視診・触診によって、乳房の中のしこりを見つけたのです。

 

番組の中では、乳がんでできてしまったしこりは実際に触るとどのような感覚なのかということについて、肉まんの梅干の種のような感覚であると紹介し、山田邦子さんが触診した際にもそのような感覚があったためしこりだと発覚しました。

 

その後にさらなる精密検査を受けると、両方の乳房に悪性腫瘍があることがわかり、乳がんであると診断されました。

 

山田邦子さんのステージと選択した治療法とは?

進行具合はステージ1の比較的早期発見であったため、乳房を切除することもないという点については不幸中の幸いでした。
そして2度に渡る温存手術を受け、回復へと徐々に向かっていきました。

 

温存手術とは、外科手術において病巣部の切除の際、治療効果を下げない範囲内でできる限り機能障害を少なくできるように切除範囲を制限しながら、組織や臓器を温存しようとする方法で、がんでは早期発見の場合でしかこの治療法を用いることはできません。

 

皮膚や乳頭・乳輪を出来る限り残しながらがんを切除して、乳房の変形が少ないよう温存するため、術後の生活にも支障がないように最低限の見た目の変化にとどめた、現在の最先端医学を象徴する治療法でもあり、患者の希望も叶えやすくなるのです。
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手術が終わったとしても、温存手術であるためにがんの病巣根絶のための放射線治療を長く続ける必要がありました。

 

山田邦子さんは、放射線治療前の医師の説明で、左の乳房がもともと進行性はないが、右は進行する可能性があると告げられたため、手術が成功したとしても当分は安心できない状態が続きました。がんが周囲の組織にもぐりこんでしまうことにより、進行の危険があるということでした。

 

放射線治療では、吐き気や頭痛などの副作用と闘いながら続けていくため、精神力や周囲の協力も必要になってくるため大変だったと、後に語られています。

 

やっと放射線治療が終わると、今度はホルモン剤投与が始まり、経過観察には8年は最低かかると医師から告げられたようでした。

 

山田邦子さんの現在の容態は?

このような壮絶ながんとの闘いについて、山田邦子さんは自身のがん発覚のきっかけともなった同番組に再度出演したときに公表し、少しでもがん患者の方の勇気につながり、早期発見を増やすことができればという思いで自身の治療体験や思ったことを赤裸々に語りました。

 

タレント活動を続けながら、休日の除くほぼ毎日は病院に通って治療を続けてきたこと、何年もかかった治療生活は本当に想像を絶するほど辛い体験だったことでしょう。

 

さらに山田邦子さんは、ピンクリボン運動に参加し、実際に主治医であった先生とステージで対談したり、触診を推奨したりなど、全国の様々な講演会などに積極的に参加して少しでも多くの人の命を救えるように乳がんの早期発見、早期治療啓発に努めています。

 

こうした自身の体験を、多くの人の希望や勇気につなげる運動をし、昔の人気マルチタレントは一昔前とは露出の仕方は変わりましたが、今となっても人々に希望を与えているのです。
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